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April 29, 2004

短歌:かなしみ17

☆たまねぎの薄皮に似た悲しみをむいたら中はからっぽの日々(小野伊都子)

はじめは、「空っぽだった」「からっぽだった」で浮かぶ。

その後、なんとなく違和感を感じて
「からっぽのぼく」にしようか、と思ったけれど、結局こちらに着地。

たまねぎの薄皮をむくの、実は好きじゃない。

少しずつしかうまくむけなくて、
なんだか、悪いことをしているようで。

たまねぎは、どんどんむいていくと中身がないように思える。
ピーマンやレタスと同じように、からっぽに見える野菜。

悲しい時、どんどんその悲しみの皮をむいてしまうのは、なぜだろう。

おいしい何かが、現れるのを期待しているのか。
それとも、むくことで悲しみを薄くしているのか。

どちらにしても、たまねぎだって、使い方ひとつで
この世でいちばん、中身のある野菜になるということを、忘れないでおこう。

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短歌:かなしみ16

☆使うためじゃなく眺めるためだけにするコレクション 悲しくないの?(小野伊都子)

大好きなお皿。
高いのでも、安いのでも関係ない。

とってもお気に入りのお皿は、
いざというときのために、とっておこう。

私も、そう思ってた。

でも、使ってこそ、お皿なのだ。
肉じゃがや、目玉焼きや、カレーをのせるための、
毎日のごはんに使う、とても身近で温かな道具たち。

だから、がんがん使うことにした。

やっぱり、気に入ったもののいくつかは欠けてしまって
引退して小物入れとして余生を送っていたりするけれど、
気に入らないものを使うよりはいい。

コレクションは、集めるのも楽しい。
でも、集めたものを使うのは、もっと楽しい。

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短歌:かなしみ15

☆かなしみはマトリョーシカと同じように入れ子になって棚に並んだ(小野伊都子)

昔、祖父の家の応接間に、飾り棚があった。

そこには、祖父のウイスキーの瓶やグラスの他に、
ちょっとへんてこなものまで、たくさん並んでいた。
木彫りの熊やら、鳩バス人形やら、こけしやら。

そんな中で、子供心にとてもひかれたのが、
マトリョーシカだった。

笑っている顔なのに、不安定な体。
ふっくらした体を手にとって、きゅっとひねると、
半分に割れた中から、少し小さな同じ顔がのぞく。
そして、その体をひねると、もう少し小さな体が。

白いレースのテーブル掛けを敷いた机に並べていくと、
全部で五つの女の子が立っていた。左から、大きい順に。

ロシアの人形だと、母が教えてくれた。
おもしろいでしょう?と。

でも、小学校1年生くらいだった私は、
おもしろいというよりも、ちょっとかなしくて困った。

自分の中に、たくさんの自分を隠し持っている女の子。
そしてそれを、並べられてしまう女の子。

そのけなげさが、何故かとてもかなしくて、
もう一度、一番小さな体から順番に、大きな体に入れて、しまう。

赤いスカーフを巻いた、真っ赤なほっぺのあの女の子を、
なんだかとても他人とは思えない。

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短歌:かなしみ14

☆しあわせに終わりがあると気づいたら怖くてそしてとても悲しい(小野伊都子)

喜びは、失う悲しさとつながっていると思う。

晴れた春の日の公園で、こどもたちを遊ばせながら、思う。

こんな笑顔がなくなってしまったら?

そういえば、恋愛も同じかもしれない。

違う形で、しあわせは続くんだけれど。

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April 24, 2004

短歌:かなしみ13

☆雨の日は動物園のヤブイヌの隣にできるカナシミの檻(小野伊都子)

雨の日の動物園は、かなしい。

だって、お弁当も広げられないし、
人もまばらで、なんだか活気がないし、
お気に入りの動物たちが、出てこなかったりする。

動物園でいつも、いちばん気になるのが、ヤブイヌ

情けない顔で、ちょこまか動き回り
マイペースで寝そべったりする、にくめないヤツ。

ぜひ一度、雨の日の動物園で、ヤブイヌを。

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April 21, 2004

短歌:かなしみ12

☆短歌って長いほう?とか聞かれると合ってはいてもちょっと悲しい(小野伊都子)

短歌を詠むというと、たいていみんな、すごい反応をする。

「へえー、すごーい。なんか、風流って感じだよね」
「高尚な趣味ですねえ」
「Sさんに詠んでもらったら?って言ったら、
 『ぼくのことなんか詠んだら、川柳になっちゃいますよー』だって」

あのー、風流っていっても、古語使うわけじゃないんです。
しかも、思いっきりカタカナも英語も入れて作ってるし。
それにしても、川柳・・・それは、575ですって。

「えっと、よくわかんないんだけど、
 短歌って、長いほうだったっけ?」

そうです。長いほうです。
俳句と比べたらね。

みなさん。
百人一首とか、枡野浩一さんの歌とかは、
しっかりと読んでおきましょう。

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短歌:かなしみ11

☆予習した悲しみなのにすんなりと出ない答えに立ちつくしてる(小野伊都子)

こどもの頃、もし突然、家族の誰かがいなくなったら
いったいどうすればいいんだろう・・・と、とてもこわかった。

毎日、小学校に向かう道すがら、いろんな心配をした。

もし、お父さんが病気になったら。
もし、お母さんが交通事故にあったら。
もし、弟が大怪我をしたら。
もし、妹が誘拐されたら。

そんな風にして、悲しいことを予習していれば
なんとなく安心して過ごすことができた。

だいじょうぶ。
今、こんな風に悪い想像をしたから
ほんとうには、そんなこと起こりっこない。

でも、ほんとうに悲しいことが起こったときには、
いくら予習していたって、ちっとも役に立たなかった。

悲しみなんて、予習できるものじゃない。

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April 17, 2004

短歌:かなしみ10

☆かなしみと笑いはきっとワンセット フォークとスプーンみたいに並ぶ(小野伊都子)

フォークを取るか。スプーンを取るか。

それは、食べものによって変わる。

フォークでいいと思っていたら、
やっぱりスプーンの方がよかったりもする。
ドリアを食べるときみたいに。

セットになっている、かなしみと笑い。
うまく使って、おいしい毎日を送りたいと思う。

今日も、ごちそうさま。

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短歌:かなしみ9

☆悲しみを飼いならすためだったのにひとりオセロも100勝100敗(小野伊都子)

ひとりでする、オセロ。

ひとりでする、トランプ。

ひとりでする、あやとり。

どれも、悲しみを紛らせるためだったはずなのに、
そのうち、なんだか楽しみに変わっていたりして。

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短歌:かなしみ8

☆砂浜に埋もれたガラスそっくりの悲しみ刺さる裸足の夜更け(小野伊都子)

気がつくと、そばにあるのが悲しみかもしれない。

なんてことを考えながら、仕事場の更衣室で
ケータイに打ちこんだ短歌。

刺さってしまってから、その痛さに気付いたりもする。

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短歌:かなしみ7

☆悲しいという字を体で表して夜ふるわせて泣く赤ん坊(小野伊都子)

《「かなしみ」っていうお題は、難しかったかもしれませんね……。
 なぜなら、「かなしみ」という言葉を直接つかわずに、
 かなしみを感じさせたほうが、
 短歌としては品のいいものに仕上がるから。》

という枡野さんのコメントに、納得。

むしろ、「かなしみ」や「悲しい」を使わずに
短歌をつくっていたかも。上品にしようとしていたわけじゃないけど。

+++++++++++++++++++++++++++++

家には、赤ん坊がいる。
もうすぐやっと、1歳になる女の子。

とにかく、よく泣く。
末っ子だから、甘えん坊なのか。
単なる泣き虫なのか。

4月から、昼間は保育園に行っているから
とにかくいつも、ひしっとくっついてくる。

それがくすぐったくて、笑っちゃうくらい。

でも、夜泣きはすごい。
体中で訴えてくる。

悲しいって全身で言えなくなると、大人?
あ、これも短歌にできそうかも。

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April 14, 2004

短歌:かなしみ6

☆清志郎の歌声聴いて不覚にも泣けてしまうという人が好き(小野伊都子)

『スローバラード』を最初に聴いた時の衝撃、
枡野さんも覚えているでしょうか。

そう思い出していたら、ちょうど角田光代さんの
『これからはあるくのだ』で、
まさに同じことが書いてあって、うれしくなった。

歌には、なんか泣けちゃうという瞬間がある。
声と、言葉と、音とがひとつになったあの瞬間。

特にライブだと、もうだめ。

CHARAのLIVEを、小さめのホールで聴いた時には、
やられたー!!と思いながら、涙が出ていたりするから。

昔、好きな声ベスト10を作っていたことがあるけれど、
その頃には、John Lennonが1位で、佐野元春が2位だった。

あの頃のあたしは、忌野清志郎を知らなかったから。

今なら、清志郎の声はきっと3位だ。
2位は、John Lennon。

1位は、ダーリン。
・・・ということにしておこう。
(こどもたちの声も、捨てがたいけどね・・・)

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短歌:かなしみ5

☆灰色や黒だけじゃなく虹色の悲しみもある恋をしている(小野伊都子)

悲しい時って、モノクロームのイメージがある。

でも、本当はそんなに暗いものばかりじゃないはずだ。

その証拠に、うんと悲しいと、笑ってしまうことだってあるから。

父を亡くした時、通夜に集まってくれた人々と語るうちに、
いつのまにか泣いているのに、微笑んでいたことを思い出した。

それって、自分の心に色を塗る装置が、おかしくなるからかも。

恋をしていたりする時も、色の塗り方が変わるのかも。

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April 13, 2004

短歌:かなしみ4

☆変わること変わらないことどちらにも悲しみがあるコーヒーを飲む(小野伊都子)
新しい仕事に就いて、新しい生活が始まった。

今まで乗ったことのない時間のバス。
会ったことのない人たち。
触ったことのない機械。

今まで縁のなかった、制服さえ着ている。

変わりばえのしない毎日?

そんなもの、ないのかもしれない。
あったとしても、いいものかどうかも、分からない。

すべては自分次第かも。


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April 08, 2004

短歌:かなしみ3

☆とてつもなく甘い悲しみ降ってきて空の果実に埋もれて眠る(小野伊都子)

かなしみ2と共に、
2003年の10月に詠んだ歌。

春だから、かなしみ。

秋も、かなしみ。

苦い悲しみは、ずっと味わうことはできない。

でも、甘い悲しみは、そこここに転がっている。

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短歌:かなしみ2

☆深海魚みたいに闇を漂って悲しみ食べるひまはないのだ(小野伊都子)

あたしの多くの短歌がそうであるように、
この歌も、寝る前に暗闇の中で、ケータイで詠んだもの。

そう、深海魚のゆらっと漂う感じも好きだけど、
それに酔いしれているひまは、あたしにはないのだ。

やりたいことは、たくさんあるから。

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短歌:かなしみ1

☆本当に痛かったのはたくさんの傷の中でも小さなかけら(小野伊都子)

小さなかけらほど、痛みが鋭くて、深い。
悲しみも、同じだと思う。

これは、ある事件をテレビで知り、生まれた歌。

☆ありえないこと見届けたその後で白紙のままの自分に気付く

☆後味の悪いドロップ連続で出てくる手のひら洗わずに行く

という歌と共に、体の奥底から湧いてきたような、歌。

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